大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鳥取地方裁判所 昭和45年(ワ)167号 判決

原告 徳山鴻遠こと 姜鴻遠

右訴訟代理人弁護士 横林良昌

被告 市谷甚衛

右訴訟代理人弁護士 田中節治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

当裁判所が昭和四五年八月二六日になした強制執行停止決定はこれを取り消す。

前項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、求める裁判

(原告)

1  原告と訴外安部定吉(承継人被告)間の鳥取地方裁判所昭和三七年(ワ)第三八号家屋明渡請求事件につき昭和三九年九月五日に成立した和解調書に基づく強制執行は許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

(被告)

主文一、二項と同旨の判決。

第二、原告の請求原因

一、原告は別紙目録記載の家屋二棟の半分(以下本件家屋という)を訴外安部定吉から昭和三三年九月一日に賃料一月六万円、賃借期間三年、ただし右期間は更新できるなどの約束で借り受けた。

二、ところが、右訴外人は昭和三七年二月二二日に至り、昭和三六年四月二八日に右期間の更新を拒絶したので同年八月三一日で右賃借期間は終了し、かつ、同人は自己使用の必要がある旨を主張して、鳥取地方裁判所に原告を相手として右家屋明渡の訴を提起し、右訴は同庁昭和三七年(ワ)第三八号として係属した。

三、右訴外人は右訴訟において、原告が使用目的に違反したことおよび賃料を不払したことをも契約解除の理由として主張し、予備的に前記期間の更新があったとすれば昭和三九年八月三一日に期間が満了し、被告はこれを自ら使用する必要がある旨主張した。

四、よって、原告は右訴外人がこれを所有者として自ら使用するのであれば明渡してやろうと考え、原告と右訴外人の間に同年九月五日に明渡を含む和解が成立した。

五、ところが、右和解条項のうち、原告が右訴外人に支払っていた敷金七五万円を昭和四五年六月五日同人が原告に返還する条項について、同年六月被告代理人からこの義務は右訴外人から被告が承継したので七五万円を被告が支払うから受領せよとの通告があり右現金を同代理人から提供された。原告は驚いて右受領を拒絶したうえ調査したところ、昭和三六年一二月二六日に右訴外人は本件家屋全部を被告に売却し、その旨を昭和四三年一月二七日に登記していることおよび同庁昭和四二年(ワ)第一五二号所有権移転登記手続請求事件(原告は本件の被告、被告は右訴外安部)において昭和四二年一二月二三日に和解が成立していること、その和解条項中において、本件原告の承諾もなく、本件原告と右訴外人との間の前記第四項記載の和解における右訴外人の権利義務を、被告が承継することを確認する旨の記載があった。

六、右訴外安部が所有権者として自己使用の必要がある旨を主張し、かつ、自己使用によりその負債を徐々に弁済してゆくことに同情して、右主張を信じて本件家屋の明渡に同意したものであるから、本件家屋が昭和三七年二月の訴提起当時既に被告に売却されていたものであれば、原告は明渡に同意しなかったものである。よって右明渡同意の意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったものであるから無効である。

七、仮に右主張が認められないとしても、右訴外人は前記訴訟において終始、既に被告に売却していた本件建物を右訴外人の所有であり右訴外人がこれを使用する必要がある旨裁判所および原告を欺罔し続けたため、原告はこれを信じて右明渡の意思表示をなしたものである。よって、原告は右訴外人に対し右意思表示を取り消す旨の意思表示を昭和四五年八月二六日到達の書留内容証明郵便によりなした。

右いずれにせよ、原告と右訴外人間の前記二項の和解はその効力がない。

八、ところが被告は昭和四五年七月二七日に同庁において右訴外人の特定承継人として承継執行文の付与を受けており、原告は右事実を同年八月一八日付の右の謄本の送達により知った。仮に右主張が認められないとしても本件和解の成立、特にその基本たる訴訟提起の日以前である昭和三六年一二月二六日に右訴外人から被告に所有権が移転しているものであるから、被告は本件建物について口頭弁論終結後の承継人ということはできない。よって、右承継執行文の付与は違法であるから取り消さるべきである。

九、以上、いずれにしても、本件和解調書の執行力ある正本に基づいて被告が原告に対し強制執行をすることは許されないので本訴請求に及ぶ次第である。

第三、被告の答弁

一、請求の原因一項は争わない。

二、同二項は争わない。

三、同三項は争わない。

四、同四項のうち、その主張の日に和解の成立したことは認め、その動機については不知。

五、同五項については和解条項八項の七五万円を被告の使用人において現実に提供したが、預かっておいてくれと言うのみで、さらに被告の代理人において提供したが、同様の返事であったので保管をしておいたものである。原告は右の七五万円の提供があってはじめて被告において本件の権利を承継した事実を知った如く言うが、原告においては和解の成立当時からこの事実は十分承知のことである。原告は和解の成立後、本件家屋の家賃月六万円を被告方に持参して支払っていたことによっても判るし、昭和四五年七月二、三日頃に和解事件の被告代理人下田弁護士事務所を訪ね、本件家屋の明渡期日が切迫したが、同年の一二月末まで延期してほしいので、交渉をしてくれと依頼に行っている。被告は同弁護士からその交渉を受けたが、拒絶した事実がある。

六、同六項の錯誤による無効の主張は否認する。

七、同七項の詐欺による意思表示の取消の主張は否認する。

八、同八項のうち特定承継執行文の付与を受けその謄本が原告に送達されたことは認める。

第四、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因一ないし三の事実および昭和三九年九月五日に原告と訴外安部定吉との間で本件家屋の明渡などを内容とする和解が成立したことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を綜合してみると、次の事実を認めることができる。

1  前認定の和解の際、安部定吉は原告より本件家屋の明渡を受けた後、本件家屋で果物屋を営業したいと述べていたが、後に至って家屋の明渡期限である昭和四五年九月五日までは到底待ち切れず、商売をやる元気がなくなったと言っていた。

2  鳥取地方裁判所昭和四二年(ワ)第一五二号不動産所有権移転登記手続請求事件(原告市谷甚衛、被告安部定吉、本件不動産の所有権移転登記手続を求めるもの)の係属中、原告は安部の訴訟代理人下田三子夫弁護士に訴訟の進行経過を電話で尋ねていたが、同事件につき昭和四二年一二月二三日に、「安部が本件被告に対し本件不動産を含む不動産につき昭和三六年一二月二六日付売買を原因とする所有権移転登記手続をする、本件被告が昭和三九年九月五日に成立した前認定の和解における安部の権利義務を承継することを確認し、特に本件原告に対する敷金七五万円の返還は本件被告において責任をもって履行する」との和解が成立し、被告が原告に対し本件家屋の所有者となったことを通知してから後は、和解条項に従い原告は本件家屋の昭和四三年一月分損害金(家賃)以降毎月六万円を安部に代って被告方に持参支払うようになり、かつ、原告は被告に本件家屋の家賃を支払っていることを下田弁護士に報告していた。

3  被告は昭和四五年五月末に、昭和四二年一二月二三日に成立した和解に従い、使用人田中をして原告方へ七五万円を持参させたが、和解において定められた当日に受領するとのことであったので、その当日である昭和四五年六月五日に原告の息子に渡したところ、一旦受領しながら原告に叱られたと称して返却してきた。そこで、被告が同月八日頃にこれを原告方に持参したが、原告は預かっておいてくれと言って、受領を拒んだ。

4  原告は、その後昭和四五年七月初め頃、下田弁護士を尋ね、「本件家屋を九月五日に明渡すことになっているが、翌年三月まで延期できないか」と相談したので、同弁護士においてその趣旨を被告に伝えたところ、被告は明渡の延期を拒んだ。さらに、原告は下田弁護士に対し被告が本件家屋を買い受けているならば和解をしなかったという理由で争い、和解を無効にできないかともらしていたが、同弁護士は自分の関係した和解を錯誤で無効だと主張する訴訟はできないと拒絶した。

以上の事実を認定することができ(る。)≪証拠判断省略≫

三、原告の請求原因六の主張について

前認定の事実によると、安部は和解(昭和三九年九月五日成立)に際し、所謂自己使用を主張していたが、安部において家屋を必要とする事情が本件家屋明渡の合意の内容となっていたとの証拠は存せず、従って、安部において家屋を必要とする事情は明渡合意の単なる縁由にすぎないものというべく、自己使用を必要とする事情が存しなかったとしても、これをもって明渡の意思表示に要素の錯誤ありとして無効とすることはできない。

附言すると、前認定の事実によれば、和解の成立した昭和三九年九月五日当時にはいまだ本件家屋の所有権につき被告と安部定吉との間では争いがあったものというべく、それがために昭和四二年に至って被告、安部間に訴訟(昭和四二年(ワ)第一五二号)が提起され、昭和四二年一二月二三日に和解が成立し、売買を原因とする所有権移転登記手続をすることになりここで、両者間に所有権の争いが終ったものとみられ、和解の後、事情が変更したものとみるべきである。

四、原告の請求原因七の主張について

安部が原告主張のように、裁判所および原告を欺罔したことを認めるに足る証拠はない。前示のように、原告は本件家屋につき訴訟(昭和四二年(ワ)第一五二号)が提起されていたことを知っていたのに格別の措置をとらなかったこと、また、右訴訟の和解後は和解条項に従い本件家屋の損害金(賃料)を被告方に持参し、被告が本件家屋の所有者であることを承認する行動をとっていたことを併せ考えてみても、明渡の意思表示が詐欺によるものであるとの主張は俄かに肯認し難いのである。

五、原告の請求原因八の主張について

被告が特定承継執行文の付与を受けたこと、原告が右執行文の謄本の送達を受けたことは当事者間に争いがない。然して、原告主張の事由は、これを民訴法五四六条の所謂執行文付与に対する異議の訴をもって主張すべきものであって、本件請求異議訴訟の事由とすることはできないものと解するを相当とする。すなわち、民訴法五四六条の訴は執行文付与の際に存する条件の成就または承継の発生を争い、個別的に執行力ある正本の執行力排除を目的とし、これに対し請求異議の訴は請求権の消滅または不発生など実体上の事由を理由とし、債務名義そのものの執行力排除を目的とするものであり、両者は訴訟物を全く異にするもので、かつ、攻撃方法をも異にする別個の訴であるからである。

六、以上認定のとおりだとすると、原告の主張はいずれも失当であるというべきであるから、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、強制執行停止決定の取消ならびにその仮執行宣言につき民訴法五四八条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例